9月の半ばを過ぎて、阿寒の森も急に秋の色が濃くなった。
ヤチダモが少し黄色になり、ナナカマドはもう待ちきれない様子で赤い。
そんな秋まっしぐらの森にカヌーを使って深く入る。
途中歩きながら静かな小川のほとりにたたずむ。
この時期の森で私が好きなのは、音もなく静かに、気づくと上から木の葉がひらひらと舞ってくること。
よく気をつけてみると森のなか全体にひらひらと。
ときどきカツラの甘いカラメル臭。
まるで動画のように静かに、森全体に落ち葉が舞うのだ。
季節が動く。
西日が差すころには美しい湖面の反射を楽しむ。
この時間は本当に一瞬のように光と風が交差し輝いていく。
どんどんオレンジや金の光が消えていく。
ところがそれをなごり惜しむ間もなく、残照と反対に突然明るい月が上がってきた。
まるで舞台で役者が交代するかのように月が登場。
森と空の境にぽっかり浮かぶ明月に心奪われる。
カヌーのパドルを漕ぐ力がゆっくりと抜かれていく。
ゆっくり漕ぐのをやめる。
カヌーからはじかれた波紋が広がり、湖面に映し出された月を揺らす。
それは日本画のような淡い風合いになって、心を優しく落ち着かせる。
群青の静寂。
パドルを伝い落ちる水滴は、フルートを静かにタンギングしているような音楽。
それはまわりの森全体に響きわたる。
遠くで雄のエゾシカのラッティングコール(雌に焦がれる切ない声)が響く。
空気が少し張ってきた感じがする。
明月のまわりには雲が急速に動いていく。
雲がちぎれたとき、眩いばかりの月明りに照らされる。
月光にぽっかりと照らされたカヌーは流れる雲とともに静かに進む。
悠久の時間を明月とともに過ごす喜び。
日暮れ前の森や、はらはらと静かに落ちる落ち葉を想う。
ニジマスがぽちゃんと跳ねた。
波紋にまた月がにじむ。
明月に照らされる雄阿寒の山も素晴らしい。
もう360度あきれるほど、素晴らしい。
誰に、どこに、感謝していいかわからない。
すべてに感謝します。
お客さんと森、湖、山そして動物たちに感謝して、群青の静寂をあとにした。