The Season of Tender Green

2011 / 6 / 1

ヒッコリーの敷地が今とても魅力的だ。
エゾヤマザクラが薄紅色の花弁をミズナラの枯葉に散らす。
毎年少しずつ整備しているヒッコリー森の散策路。
あちこちで命が芽吹き、巣立っている。

ヒッコリーの住人だと勝手におもっている可愛いハシブトガラス。
今年は元気な子供たちを一生懸命育てている。
彼らはよくデッキを歩いて見回ったり部屋をのぞきにくるから可愛い。
まだ寒い時期から渡ってきたノビタキ夫婦は元気な子供たちを巣立たせて少し肩の荷がおりたようだ。
この子供たちが今、ヒッコリーの森のあちらこちらにせわしなく飛んだり止まったり。
双眼鏡でのぞいて映る彼らの顔や表情は言葉がでない。
もう溜息ものに可愛いらしい。

「雨降り牡丹」と釧路の人たちに呼ばれてきたオオバナノエンレイソウやミヤマエンレイソウはヒッコリーの入り口の小道に咲いている。
ちょうどヒッコリーが見渡せる道の際に咲いているのだ。
花は人が見つけて眺めて美しいとか、珍しいとか、心を和ませてくれるのだが、花の側からはどうなのだろう。
霜注意報がでている夜だが、満天の星空の下にエンレイソウが凛と咲いている。
まるでヒッコリーを見守るよう。
星空の下こうしてエンレイソウも我々を眺めているのだ。
そう思うとなんだか本当に花たちだって我々の仲間で一緒に暮らしているような感覚がしてくる。
そしてたまらなく愛おしい存在になる。
可愛い巣立ったばかりの雛鳥たちを眺めて嬉しくなる感覚に近い。
人は人、鳥は鳥、花は花ではないのだと思う。
歳をとって園芸に目覚めるとかの感覚ではなく、小さい頃からもっていた感覚がだんだん歳をとって整理されてきたのだろうか。
いずれにせよ自分で住んでいてヒッコリーの森の魅力がどんどん深く広がっていく。

目の前のミズナラたちや、今咲いているエンレイソウに、いつも見守られていると思うと、なんだか素敵に思う。

 


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